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スペイン・アンダルシアの田舎暮らし

オリーブ畑に囲まれたプチ・ペンション経営 - スローライフ紹介

スペインー日本交流400周年

姓「日本=ハポン」の歴史

4世紀以上ほど経った今日、アンダルシア地方、セビリア県の小さな町、コリア·デル·リオには、"日本"や日本という言葉に関係した姓名を持っている住民が636人もいる。古い物語がこの謎を解決しようとしますが、まだ正確な起源がわかっていない。

1613年 、藩主伊達政宗(1567年から1636年)の仙台の支配権は、徳川家康の許可を得た後、新しいスペインとの貿易関係を開始するため(スペイン領であったメキシコ)、日本への宣教師送信の目的で欧州(スペイン、ローマ)への委任を送信することを決定した。このミッション、は、侍支倉常長(1570~1621年)とスペイン人フランシスコ修道士ルイス·ソテロによって導かれた。
 
ミッションは、1614年10月にコリア·デル·リオ、セビリアに到着し、支倉はマドリードで洗礼を受け、ローマを訪れた。本使節団の派遣はスペインに対する日本からの最初の公式な使節団の派遣であり、日西関係の端緒となる重要な出来事として記録に残っている。 支倉常長は、コリア·デル·リオで数年滞在した後、1620年に日本に戻った。旅は7年間続いた。この歴史的出来事が日本人がスペインに初めて到着した理由であった。

キリスト教が日本で抑圧され、信者は処罰されるという日本に帰国することを恐れ、セビリアの町に住むことを決心した日本人が数人いた。その後、現地の女性と結婚し子孫を持った。日本人の父の奇妙な名前の書き方をよく理解できない当時の牧師は、新生児の父親の出身国の名前”JAPON=ハポン”と性を名づけ、最も簡単な解決策を選択した。

中国科学省は、慶長遣欧使節団が出発した日本列島の北西の日本人と、”日本”という姓を持つコリア·デル·リオの住民の遺伝形質に何か関係が存在するのかどうか、DNAを比較するための研究に資金を提供している。この実験において二つの共通点に重視し志願者を選択した。400人の住民の血液サンプルを比較するために、コリア·デル·リオの住民であることと、”JAPON=ハポン”、という姓名を持っていること。名古屋大学の科学者たちは、DNAを解析する研究を行なっているが (2013年10月)、結果は1年くらいかかると推定されている。

慶長遣欧使節団の旅



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テーマ:歴史 - ジャンル:学問・文化・芸術

プロフィール

村串マイテ

Author:村串マイテ
My AndaluciaFC2ブログへようこそ!
私、海外永住暦25年。人生の半分以上を日本国外で過ごす、まさしく浦島花子。日本からイギリスへ、イギリスからスペインへ。それもなんでまたこんな田舎のアンダルシアでプチ・ペンションなんか経営しているのでしょう。そうなんです、私はストレス、プレッシャーの多いロンドン金融業界から足を洗い、プロのシェフの主人と二人で一緒に情熱を持ってできる新しい道を切り開こうという夢が種となってふくらんだのです。
畑を自分たちの手で肥やして大事に大事に無機農薬・オーガニック方法で育てたトマトは真っ赤で丸々。ピーマンもナスも少しへんてこな見かけですが、味がとても濃い。5歳の息子もおなかがすくと畑へ行って、赤々したチェリートマトをもぎってその場でせっせと食べています。
スローライフって体にも心にもいいですね。おかしな日常生活のエッセイ、スペイン料理のレシピー、のんびり子育ての話、日本・スペイン文化の比較など豊富な課題を掲載させていただこうと思います。是非私のブログを読んで下さい。

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